COLUMN

ヒト皮脂腺代替モデルを開発し、ニキビの発症や悪化のメカニズムを解明 
東京薬科大学教授 佐藤隆氏(生化学教室)

アクネ菌の皮脂産生分泌促進作用を細胞レベルで証明

 

皮脂は生体のバリア機能を担う重要な因子であり、皮脂腺はその生成と分泌を担う組織である。だが、その機能が科学的に解明されてきたのはつい最近のことだ。東京薬科大学の佐藤隆氏(生化学教室教授)は、皮脂腺の皮脂産生調節機能を研究し、「どうしてニキビ(ざ瘡)ができるのか」、「ストレスはニキビの原因になるのか」など、皮脂腺の機能とその異常が引き起こす疾患についての研究成果を発表し続けている。

佐藤氏は細胞外マトリックスの分解機構を研究する過程で皮膚を一つの研究対象とし、1998年から皮脂腺にフォーカスした研究を行うようになった。

 

「当時は皮脂腺を対象とした研究はほとんどないといえるような状況であり、身近な組織でありながら誰も研究していない分野であると知って、研究者の血が騒いだ」と振り返る。

 

皮膚の表面には皮脂と汗からなる皮脂膜があり、水分保持、殺菌(弱酸性)、角質の剥離防止、皮膚の柔軟性や滑らかさの保持、外因性刺激の緩和、体温調節などの役割を担うとされる。当時はそれらに関する科学的根拠は乏しかったが、今ではいくつかの研究でほぼ間違いないことが証明されている。

 

例えば、2016年に海外の研究者が皮脂を産生・分泌しないノックアウトマウスを用いた実験を行い、水浴びをさせると健常マウスに比較して体温の戻りが遅いことや、紫外線を照射すると表皮細胞のアポトーシス亢進やDNA障害活性亢進など皮膚障害や皮膚がんにつながる生理現象が見られることを証明した。

 

それに対し、佐藤氏らは皮脂腺を構成する細胞(脂腺細胞)そのものを用いたアプローチで研究を進めている。同氏によると世界で先駆的に脂腺細胞を用いた研究を行ったグループは2つある。ヒト皮脂腺から不死化細胞を樹立したドイツのグループと、ハムスター脂腺細胞から樹立したヒト皮脂腺代替モデルを用いる佐藤氏らのグループである。

 

ハムスター脂腺細胞は、ヒト皮脂腺細胞と類似した組織学的形態を有し、分化した脂腺細胞内に脂肪滴があることも顕微鏡で観察できる。同氏らの研究により、ハムスター脂腺細胞は、男性ホルモン、インスリンによる皮脂産生促進作用、レイノチン酸(ビタミンA)による皮脂産生抑制作用、アクネ菌(Cutibacterium acnes)による皮脂産生促進作用――といったヒト脂腺細胞と同様の特性を有することも分かった(図1)。

 

図1 ヒト皮脂腺代替モデルとして樹立したハムスター脂腺細胞

 

佐藤氏らはこのヒト皮脂腺代替モデルを用いて、皮脂腺の機能とその異常による皮膚疾患の研究を進めてきた。代表的なものがニキビ(ざ瘡)の発症機序に関する研究である。

 

ニキビ患者の毛穴からアクネ菌が多く見つかることから、アクネ菌は昔からニキビの原因の一つと指摘されてきた。皮脂によって毛穴の開口部が塞がると通気性が悪化し、嫌気性菌であるアクネ菌が増殖することは知られていたが、皮脂産生との関係は研究されていなかった。

 

佐藤氏らはヒト皮脂腺代替モデルに培養したアクネ菌を振りかける実験を行い、脂腺細胞内で皮脂産生が亢進し、さらに脂腺細胞からの皮脂分泌も促進されることを確認し、世界で初めて報告した。「これがニキビの発症機序の全てではないが、その病態の一部が解明できたと考えている」と佐藤氏は話している。

 

心理的ストレスはニキビを悪化させる

 

また、ニキビの発症や悪化にかかわる因子として「心理的ストレス」があるのではないかということも昔から指摘されてきた。佐藤氏は虎の門病院皮膚科との共同研究でその関連の解明に挑んだ。

 

同氏らは「心理的ストレスとニキビの悪化に関連があるなら、患部の毛包内にはストレスホルモンが存在するのではないか」という仮説を立てた。自律神経系の神経伝達物質であるカテコールアミン類(アドレナリン、ノルアドレナリンなど)である。佐藤氏らはニキビ患者18人の毛包から内容物を採取し、質量分析を行った。その結果、アドレナリン、ノルアドレナリンは検出されなかったが、その代謝産物であるメタネフリン、ノルメタネフリンが検出された。ニキビ患者の毛包内にはストレスホルモンの代謝物が存在していたのである。被験者となったニキビ患者は、臨床的ストレス評価指標であるSTAIスコア、唾液アミラーゼの数値が高いことも確かめられている。さらに解析を進めると、ノルメタネフリンは不安感が強いニキビ患者で高値を示したが、ニキビの重症度に関わらず一定であることもわかった。また、ノルメタネフリン量は患者のストレスと正の相関を示したが、メタネフリン量は相関しなかった。(図2)。

 

図2 ニキビ患者のストレスホルモン量と臨床的ストレス評価の関連

 

これらのことから佐藤氏は「軽い症状が出ただけで患者には心理的ストレスがかかり不安を感じる、つまりニキビには精神性疾患という側面があることを示している。将来はノルメタネフリン量を測定してストレスセンシティブなニキビであるかどうかを評価し、薬物療法にメンタルケアを併用するといった治療戦略も考えられる」と述べる。

 

また、佐藤氏はストレスホルモンとニキビの発症との関連についても検証。ヒト皮脂腺代替モデルにおいて、アドレナリン、ノルアドレナリンが脂腺細胞の皮脂産生を促進することも明らかにした。

 

佐藤氏の新しい研究は、太陽光の近赤外線の皮膚への影響を調べた研究である。例えば中高年に多い脂腺増殖症は皮脂腺の肥大を特徴とし、皮膚の老化現象の一つと位置付けられているが、その発症機序は分かっていない。佐藤氏は近赤外線が細胞外マトリックスを分解することを証明しようと、ハムスターの皮膚組織に近赤外線を照射する実験を行ったが、「驚いたことに、細胞外マトリックスの分解だけでなく、光の強度に応じて皮脂腺が肥大化する現象が認められた」という。佐藤氏は「皮脂腺が肥大化して皮脂産生機能が低下し、皮膚のバリア機能の低下をもたらすのではないか。われわれは紫外線が皮脂産生を促進し、ニキビや肌荒れの悪化につながることも報告しているが、今後は紫外線対策だけでなく近赤外線対策も重要になってくるだろう」と考察する。

 

最後に佐藤氏は「皮脂は悪者ではなく、さまざまな環境ストレスから生体を守るアンチポリューション因子である。帰宅したら洗顔して働きを終えた皮脂を洗い流せば新たな皮脂により守られる。そして洗顔とともに保湿を行い、健やかな肌にしてほしいと皆さんに伝えたい」と結んだ。

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