研究・開発の窓 COLUMN
研究機関の培養細胞の4分の1が
マイコプラズマに感染、定期的な検査が必須
医薬基盤・健康・栄養研究所 創薬資源研究支援センター長 小原有弘氏
2007年全国調査で細胞のマイコプラズマ汚染率は26%
国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所の創薬資源研究支援センターは、JCRB細胞バンクの運営と細胞の品質管理法などの開発研究を行っている部門である。
センター長の小原有弘氏は「細胞の品質管理で特に問題になるのは、目に見えない、顕微鏡でも分からない汚染やコンタミネーションであり、その代表例がマイコプラズマとウイルスの感染、細胞同士のクロスコンタミネーション(入れ替わり)だ」と指摘する。一般の細菌による汚染は培地の濁りや顕微鏡による細菌の増殖確認ですぐに気付くが、目に見えないコンタミは発見が遅れ、研究を台無しにしかねない。
中でも高い汚染率を示すのがマイコプラズマである。JCRB細胞バンクには毎年、多くの研究者から細胞が寄託される。寄託とは、研究者が樹立した細胞を第三者機関に預けて他の研究者に頒布する業務を委託することであるが、2002~2023年の22年間に寄託された細胞株の総数1213種のうち198種(16.3%)からマイコプラズマが検出されている。年によって感染率の差が非常に大きく、最低の2009年は1.6%、最高の2004年は59.4%である。これは何を意味するのだろうか。
小原氏は「樹立した細胞をその都度、細胞バンクに寄託する研究者もいるが、定年退職時にまとめて寄託する研究者が多い。まとめて寄託された場合にそれらの細胞全部が汚染されていることがあり、その年の感染率を押し上げている」と説明する。研究室にある細胞が丸ごとマイコプラズマに汚染されているような実態が浮かび上がる。感染率は年によって大きく変動するが、長期的なトレンドとしては減少する傾向は見られない。
小原氏らは2007年に全国の研究機関・企業18機関で維持されていた細胞株を対象に、マイコプラズマ汚染の実態調査を行った(図1)。その結果は、検体総数2788種に対し、マイコプラズマの検出数は727種(26.1%)であった。4検体に1つはマイコプラズマに汚染されていたわけである。

マイコプラズマは自己増殖能を持つ最小のバクテリアで、大きさは一般の細菌類の10分の1程度(300~1000nm)。細胞壁を持たないという特徴がある。培養細胞の表面に付着して共存するため培地が濁らず、0.22μmフィルターを通り抜けてしまうため、ろ過滅菌しても除去することができない。マイコプラズマはヒトのマイコプラズマ肺炎の原因菌として知られているが、粘膜などに広く存在し、尿道炎や早産との関連も報告されている。また、ヒトだけでなく植物、昆虫、魚類から哺乳類までさまざまな生物に寄生する。
細胞がマイコプラズマに感染すると何が起きるのか。小原氏は「異物を排除しようと免疫反応が惹起され、遺伝子発現が変化し、代謝の変化、インターフェロンの産生など、感染していないときとは明らかに違った性質になる。汚染細胞からDNAやタンパク質を抽出すると25%程度はマイコプラズマ由来である」と指摘し、「汚染細胞を使って実験した研究結果は全く意味のないものになってしまう。それが多数に上れば、日本発の研究の国際的信用低下につながる」と強調する。
近年では培養細胞のマイコプラズマ汚染を検出する技術が確立している。検査法には、①培養法、②指標細胞を用いたDNA染色法、③核酸増幅法(NAT)による検出法などがある。培養法とDNA染色法は時間や手間が掛かるが、核酸増幅法なら2日程度で可能である。最近では1時間程度で検出可能な簡易型検査キットやルミノメーターを用いる生物発光法キットも市販されているが、依然として多数のマイコプラズマ汚染が起きている。「最近の研究者がマイコプラズマ汚染の怖さを知らない、知っているが面倒、検査して陽性だったら困るからやらないなどの理由で、十分な検査が行われていない」と小原氏は述べる。
ブタ、ウシ由来のマイコプラズマがラボ内で水平感染
マイコプラズマはどのようなルートで実験室に持ち込まれるのだろうか。マイコプラズマには多くの種類があり、原核生物の名称と分類に関する情報のオンライン上データベースであるLPSNに登録されているものだけで263種ある。しかし、小原氏によると、細胞株を培養している培養液中で検出されるマイコプラズマは6種類で96%を占める。6種類の自然宿主はヒトが3種類で、ウシ、ブタ、ヤギがそれぞれ1種類である。
小原氏らは、2007年の全国調査の際に検出されたマイコプラズマ株を遺伝子解析した。その結果、ブタを自然宿主とするM.hyorhinisが56.0%、ウシを自然宿主とするM.argininiが23.9%で合わせて約80%を占め、ヒトを自然宿主とするマイコプラズマ種より遥かに多かった(図2)。また、日本組織培養学会の培養技術講習会に参加した研究者から採取した口腔ぬぐい液をろ過滅菌した78検体を調査したところ、64%からマイコプラズマが検出された。

これらのことから、「研究者の唾液などから細胞にマイコプラズマが飛沫感染するルートも否定できないが、実際にはかなり少ない。何十年も昔に、屠殺場から入手したウシの血清やブタの膵臓からトリプシンを抽出して研究室で細胞剥離液を調製していた時代があったが、血清やトリプシンなどから混入したマイコプラズマが細胞と一緒に凍結保存され、培養作業を行う際に感染していない細胞にも水平感染が起きて研究室内で拡大した可能性が高い」と小原氏は推測する。
培養細胞がマイコプラズマに感染していた場合は破棄する、またはキノロン系抗生物質や除去剤で除染するといった対策が採れる。従って「正しい培養・保管技術を身に付けて実践する、こまめにマイコプラズマ検査を行うという2つを徹底すれば、汚染された細胞で実験を行うことは防げる」と小原氏は明言する。
また、マイコプラズマ汚染と並んで問題となる細胞のクロスコンタミネーションについても小原氏らは調査している(図1)。JCRBと理研の細胞バンクに寄託された1203種で検査すると、91種(7.6%)でクロスコンタミネーションが確認された。
小原氏によると、マイコプラズマ汚染と細胞のクロスコンタミネーションを防ぐ対策は共通であり、①細胞に培地を添加した際のピペットを元のボトルに戻さない、②一度使用した培地は破棄し、他の細胞に用いない、③クリーンベンチ内で2つ以上の細胞を同時に扱わない、③マスク、手袋を装着する、④研究者ごとに使用する細胞・試薬を分ける、⑤ラベルを正確に記載する、⑥培養・凍結保存記録を作成する、⑦購入した細胞はマスターセル、ワーキングセルと段階的に小分けして保存する――といった細胞の培養と保管の基本が重要であるという。
その上で小原氏は「全世界の細胞バンクが共同で微生物汚染の排除、誤認細胞(取り違え)の排除、細胞特性の不安定化の認識という細胞品質管理に取り組んでいる」と話す。例えばJCRB細胞バンクではマイコプラズマのほか、登録ヒト細胞に対して20種のウイルス検査も実施している。また、誤認細胞の代表例はヒト血管内皮細胞ECV304で、1999年にその実体はヒト膀胱がん細胞T24であることが報告されたが、その後も同細胞を使用した研究発表がある。細胞バンクが共同で構築したWEBサイトではこういった誤認細胞をリスト化して公表している。
小原氏は、「細胞バンクが設立される前は、研究者が細胞を樹立したら他の研究者に直接、分譲していた。美徳とされる習慣ではあるが、品質管理していない細胞が蔓延し、長期培養で特性が変化した細胞がさまざまな研究機関で用いられる要因となった。研究費不足や研究資源を独占したい思いが背景にあるが、細胞を樹立したら、品質管理、知財管理を含めて細胞バンクに寄託することが望ましい」と提言する。創薬資源研究支援センターでは世界中の細胞バンクに登録されている細胞を検索できるWEBサイト「細胞検索ひろば」を構築し、細胞バンクの活用を呼び掛けている。また、AI画像解析による細胞の品質管理技術の研究もスタートさせた。
過去の記事
-
薬物動態を解析するマルチ臓器モデルとMPSの冷蔵流通技術の開発を推進
群馬大学大学院 理工学府 教授 佐藤記一氏 -
カロリー制限による老化抑制の新たな分子メカニズム発見
東京理科大学教授 樋上賀一氏(薬学部 分子病態・代謝学研究室) -
遺伝子を使って花や野菜や果物を自由にデザインする
名古屋大学 准教授 白武勝裕氏(大学院生命農学研究科 園芸科学研究室) -
ライブイメージングを駆使した脳の神経回路研究を疾患の治療につなげたい
国立精神・神経医療研究センター 小山隆太氏(神経研究所 疾病研究第二部 部長) -
ヒト皮脂腺代替モデルを開発し、ニキビの発症や悪化のメカニズムを解明
東京薬科大学教授 佐藤隆氏(生化学教室)